店舗ビジネスの経営者から、広告についてよく受ける質問がある。
「CPA 3,000円って、高いんですか?」
この質問には、誰も答えられない。私も答えられない。 CPAの高い・安いは、CPA単体では絶対に判断できないからだ。
なのに広告の運用レポートは、CPAを主役に据えて毎月届く。 そして経営者は「先月よりCPAが上がった/下がった」で一喜一憂する。 この会話の構造自体が、店舗ビジネスの広告を迷子にしていると思っている。
CPAとCACは何が違うのか
まず言葉の整理から。
- CPA(Cost Per Acquisition / Action):広告の管理画面上の「成果」1件あたりの広告費。 成果の定義は問い合わせ、予約、資料請求など、媒体側で計測できる行動
- CAC(Customer Acquisition Cost):実際に客になった1人を獲得するのにかかった費用
この2つの間には、必ず「歩留まり」が挟まる。 問い合わせ100件のうち、実際に来店するのは何件か。来店のうち、成約するのは何件か。
例えば、問い合わせCPAが3,000円でも、問い合わせから成約までの歩留まりが30%なら、
CAC = 3,000円 ÷ 30% = 10,000円
客1人の獲得に、実際には1万円かかっている。 広告レポートに載っている3,000円という数字だけを見ていると、 この1万円という本当のコストが視界から消える。
「高いか安いか」はLTVが決める
では CAC 10,000円は高いのか。これもまだ答えられない。 比較対象になるのはLTV(顧客生涯価値)——その客が生涯でいくら使ってくれるか、だ。
- 客単価 8,000円 × 月1回 × 平均継続18ヶ月 → LTV = 144,000円
- このビジネスで CAC 10,000円なら、獲得費用は生涯売上の7%。全く問題ない
- 逆に、単発利用が中心でLTVが12,000円のビジネスなら、CAC 10,000円はほぼ利益ゼロ
同じCPA 3,000円でも、ビジネスモデルによって「激安」にも「即停止レベル」にもなる。 CPAの高い安いを議論する前に、自分のビジネスのLTVを一度計算する必要がある。 厳密でなくていい。客単価 × 来店頻度 × 平均継続期間のざっくり計算で十分に機能する。
基準線としての「許容CAC」を先に決める
LTVが出たら、許容CAC——客1人の獲得に最大いくらまで払えるか——を決める。
よく使われる目安は LTVの1/3。 残り2/3で原価と営業利益をまかなう、という大づかみな配分だ。 粗利率が高いビジネスなら1/2まで攻められるし、薄利なら1/4に抑える。 係数の正解は業種によるが、重要なのは先に線を引いておくことだ。
線が引けると、広告の会話が一変する。
- 「CPAが上がりましたね」→「で、CACは許容内ですか?」
- 「クリック単価が高騰して…」→「許容CACを超えていないなら、続けましょう」
- 「もっと安くなりませんか?」→「許容CACまで余裕があるなら、安くするより量を増やす方が正解です」
特に最後が重要で、許容CACに余裕があるのに広告費を絞るのは、利益の取り逃しだ。 「広告費は安いほど良い」という感覚は、基準線がないことの裏返しにすぎない。
月次レポートに入れるべき3つの数字
広告レポートを受け取る立場なら、運用者にこの3つを要求するといい。
- CAC:広告費 ÷ 実際の新規顧客数(管理画面のCVではなく、台帳ベースの顧客数で)
- 許容CAC:LTVから引いた基準線(一度決めたら毎月同じ線を使う)
- その差分:あといくら攻められるのか、それとも超過しているのか
CPA・クリック数・表示回数はその下の参考情報でいい。 経営判断に直結する数字を一番上に置く。それだけでレポートは意思決定の道具になる。
まとめ
- CPAは媒体の中の数字、CACは経営の数字。両者の間には歩留まりが挟まる
- 高い・安いはLTVとの比較でしか決まらない。ざっくりでいいのでLTVを計算する
- LTVから許容CACの線を先に引く。以後の広告判断はすべてその線との比較で行う
- 許容CACに余裕があるなら、広告費を削るのではなく増やすのが正解のことが多い
広告の会話がCPAで止まっているうちは、アクセルもブレーキも感覚で踏んでいる状態だ。 CACと許容CACという2本の線を引くだけで、広告費は「怖い出費」から 「計算できる投資」に変わる。